「刀を見る、観る、鑑る」

博物館や名刀展で、背伸びをしたり腰をかがめたり、果ては顔をスライドさせている人
を見掛けたことはありませんか。何をしているんだろうと不思議に思うかもしれません。

 

実は、その人は刀を鑑賞しているのです。

 

日本刀は砂鉄を溶かして、その鉄を1000度くらいに熱して、たたいて延ばし形を作りま
す。さらに砂と粘土をまぜたもの(焼き刃土)を塗り、今度は730度くらいに熱して、水の
中に入れて急激に冷やします。そのとき温度変化によって、鉄の組織がさまざまに変わりますが、それはいろいろな角度からの、反射光で見なければ見えないのです。

 

日本刀の美的要素は、姿(反り)と地鉄と刃文です。姿(反り)はその刀の作られた時代の
戦闘様式や、当時の好みによって変わります。初期の日本刀は柄に近いところに反りの中心があります。しかし時代が下がる(現代に近くなる)にしたがって反りの中心が先の方に移ってゆきます。

 

地鉄というのは刀の表面に現れている微妙な模様です。刀を作るときに熱して延ばし、
それを折って重ねてまた延ばす。これを「折り返し鍛錬」といいますが、この折り返す方向によって刀の表面に木材のような模様ができるのです。

 

最後に刀の形になった鉄に焼き刃土を塗り、これを熱しから水の中に入れ、急激に冷や
します。いわゆる焼きをいれるのです。このとき焼き刃土を縫った部分と塗らない部分に温度差がおこり、刃文になるのです。刃文は「沸(にえ)」と「匂(におい)」で構成されますが、両方とも科学的にはマルテンサイトと呼ばれるものです。小さな点のようなものですが、その一つ一つが肉眼でわかるほどの大きさを「沸(にえ)」、一つ一つには見えないものは「匂(におい)」です。

 

このほか刀身の表面にうすく霧というか、霞というか、ぼやけるようにたなびく模様も
あります。備前長船で作られた刀に多くみられるものですが、これを「映(うつり)」といいます。

 

これら地鉄や刃中に現れた変化を「働き」と呼びますが、この働きは反射光でなければ
見えません。基本的には45度くらいの角度で見るのですが、その角度を得るために背伸びをしたり腰をかがめたりするのです。そしてその角度を保つために体をスライドさせるのです。もちろん手に取って鑑賞するのなら刀を動かして鑑賞します。

 

日本刀は書画や彫刻とちがって、反射光を利用するテクニックが必要です。しかしテク
ニックさえ覚えてしまえば、鉄の変化が織りなす深遠な美しさを堪能できます。

 

あなたもぜひ、背伸びをしたり腰をかがめて日本刀の微妙な美しさを鑑賞してください。